Making : きもちのいいわけ

2019/6/26

武蔵野美術大学オープンキャンパスの大学院生有志展でコマ撮りアニメーションを作りました。個人制作でコマ撮りに挑戦したのは2年8ヶ月ぶりです。

着想

2019年3月11日にコピー用紙にコピックで絵を描いていたのが始まりです。はじめは自分がこれまでに感動した場面をとにかく絵にしたいという気持ちで書きました。線で描くのではなく、色の色面で描けないかと。いくらか試行錯誤している時にふと、コピックで塗った紙をスタンドライトに当ててみました。すると色の塗った部分だけ発光することに気づきました。しかもその発光はコピックが乾いていない数十秒しか見れなかったのです。この一瞬の儚げな現象にとても惹かれたので、この現象を追求したいと思いました。

またこの現象に気づいた時に野田高梧著書「シナリオ構造論の一節を思い出しました。「映画とは投影される「動く影」以外のものではない。映画は一定の形を備えた実在ではなく、それが投影される時においてのみ現れる光と影の流動から生まれる時間的並びに空間的な現象であり、それ故にこそ、また、それが一般に感覚的な存在だと言われているわけでもある。「動く影」なるものこそ、映画制作についてのあらゆる仕事の究極の目標である。」

このことから映像を扱う者として光を扱える人にないたいと考えました。そこで今回の作品では一つの光源でどこまで陰影表現を突き詰められるか挑戦しようと決めました。

 

 

それから約一ヶ月間ぼんやりとアイデアを考えながら過ごしました。毎日散歩をしたり観察をする中で今回の作品のヒントになる考えが浮かびました。それは「気持ちの揺れ」です。木々が太陽の光を目一杯浴びるためにゆれていたり、同じリズムで点滅し続ける光、満員電車の苦しさから逃れたくて降りたくなるとか、太陽の日差しで指の凹凸がはっきりと見えたことに心動かされたこと、人と話しているといつの間にか笑っているなど、色々と観察の中で感じました。そこから僕自身は心地の良い状態や気持ちになるために揺れているのだと気づきました。この考えを踏まえて作品制作に取り掛かりました。

実験・習作

2019年4月中旬から本格的に実験を始めました。最初はコピックで描いていたのですが、自分の理想とするテクスチャーになかなか近づけませんでした。そこで紙をくしゃくしゃにし、水を使って描いてみました。すると紙の濡れていない部分が影となり、濡れている部分は透過し、紙の細かい繊維が光に照らされて綺麗な画面になったのです。「これだ!」と思い紙と水を使った表現に切り替えました。そこから何度も実験を繰り返す中で、いくつか発見がありました。

 

・コピー用紙よりも半紙の方が網目状のグリットが現れて面白いテクスチャーになる。

・半紙の後ろに水玉を置いて撮影をすると、水玉のシルエットが半紙に投影される。

・背景の水玉のみを動かすと細胞のような動きになる。

・半紙に穴を開けて一つ奥のレイヤーを見せると世界に断絶が起きたようになって面白い。

これらの発見から半紙に描かれた模様と背景の水玉の動き、そして半紙に穴を開けた時の面白さを組み合わせた映像を作れないかと考え始めました。

展開を考える

アニメーションの展開を考えるにあたり、カール・セーガン著書「COSMOS」の内容を参考にしました。恒星や太陽の誕生は水素の核融合によって起こること、「自然には循環がある」というヒンドュー教の考え方をもとに宇宙の誕生の前には宇宙の死があったのではないか、そのような無限の繰り返しが起きているのではないかなど、宇宙の現象を自らの心の動きと重ね合わせて展開を構成しました。

【考えの根源】

空っぽの心に影響をもたらすのは周りの環境。いつの間にか世界にフィルターが出来て心にシミが生まれてしまう。何気ない普段の景色も汚れて見えてしまう。空っぽの心であることに何ら変わりはないのに。心の状態次第でこの世界は如何様にも捉えることができる。

【主な展開】

・空っぽの心が生まれる。

・空っぽの心はこの場所が楽しいところであると知る。

・空っぽの心は「友達」と呼べる仲間ができる。

・空っぽの心は友達と過ごす中で少しずつ心にシミができる。

・・・

(以下省略)

今回は最初の発端である「空っぽの心が生まれる」に焦点を当ててアニメーションを制作しました。まずは絵コンテでおおまかな動きをつけてみました。

3DSでアニメーションをつける

絵コンテでイメージを固めた後は、ニンテンドー3DSの「うごくメモ帳」というソフトを使い、アニメーションの動きを一枚一枚描いてシミュレーションしていきました。まず水玉のアニメーションは5つの円の軌道を反時計回りに回るようにし、時間の経過につれて水玉が増えるようにしました。そして水玉同士が合体し、反時計の動きを継続させながら最後には大きな一つの水玉を形成させるように動きをつけました。この水玉の動きと連動するように半紙の模様も描きました。まず最初の水玉が発生したと同時に半紙の模様もスタートします。そこから他の水玉と模様が重なったら時に4つに分裂するようにしました。水玉の発生が落ち着いた後は半紙に穴をあけ、背景の水玉が見えるようにし、その後は水玉の合体した場所から染み出すように模様が発生する様子を描きました。このように事前にアニメーションの動きを決めることで自分が動かしたいようにモノを動かすことが可能になりました。

撮影

今回の制作から「DragonFrame」というコマ撮りアニメーション専用のソフトを導入しました。3DSで描いた下書きをソフトに取り込み、ガイドに沿いながら半紙の模様と水玉を動かして撮影しました。自業自得なのですが水玉が増えるごとに作業量が増えてしまい、なんでこんなに玉数を増やしてしまったのかと後悔することもしばしば。それでも下書きがあったおかけで撮影は割とスムーズに進めることができました。撮影日数は約3日ほどで、36秒のアニメーションを制作するのに約280枚ほど撮影しました。1秒8フレームにしてアニメーションの動きをあえて粗めにしています。

今回撮影で役に立ったのが青山フラワーマーケットで販売している「オリジナルミストメーカー(霧吹き)」でした。キメの細かいミストが結構多く出るので、広範囲に半紙を濡らしたい時などに大活躍でした。また、中でも最高の画材になったのが世界堂で購入した注射器。水玉を作る時にこの注射器が一番精密にできたのです。ただ23インチのモニターに注射器を持った手元を写しながら作業していたので、端から見ると何か科学的な実験をしているような感じになってしまいましたね。

音作り

水や半紙で遊びつつ、どんな音がでるのか模索していました。細かい計画などはなく思いつく限りの音色を録音していき、編集の際にどの音がこの場面に適切かを判断しながら音作りをしました。水玉の発生する音は雫が落ちる音、炭酸水のパチパチという音を映像全編に敷いてノイズのように響かせたり、シミが現れるところは半紙に水を含ませて思いっきり絞った音を使ったりしています。また中でも細かいこだわりが黒板の音です。チョークを黒板に擦らせる音を録音し、編集上で高い音をなくして低い音を大幅に持ち上げました。そして映像全編にその音を敷くことで音に厚みを出しました。

まとめ

今回の制作にあたり個人制作自体が約1年3ヶ月ぶりだったので、試したかった手法を実際に作品として提示できたことがまず嬉しかったです。多くの人に作品を見てもらう中で、絵で描いているのかと思ったと言われることが多くありました。テクスチャーやモノの質感にこだわった甲斐があったのかなと思います。一方で今回は30秒程度しか映像を仕上げることができませんでした。今後はもっと尺を増やし物語として仕上げつつ、動きの幅を広げていくのが課題です。水の扱い方ももう少し研究の余地があるなと感じました。水を水としてだけではなく、何かに擬態させても面白いのかもとぼんやり考えています。